こんばんは!!建物キズ補修の山崎 剛です。
日本アジアカップでイランに負けましたね。
そして手のひら返しが酷いですね。森安監督退任とか。
サッカー知らん人も言いたい放題。
そんな中いつも思い出すのことがある。
父親にオフサイドの説明を何回もした記憶。幼稚園の時に描いた将来サッカー選手になるっていう絵。絵の評価は幼少期から高かったな。友達は牛乳屋さんとか。トラック運転手とか。作文も各カテゴリーで賞をもらっていたな。ブログ力はまだまだです。
17歳の時のサッカーの試合で、右目に大怪我をした。外傷性黄斑円孔なんで診断されて、網膜剥離になって大手術して、術後に2週間ずっと下を向いて生活しろなんて言われて、気が狂いそうになった記憶。(目にガス入れて剥離した部分くっつけるからみたい)極めつけはドクターから視力戻らない、しかも矯正できないって言われて、そんなんずっと見えんじゃんて親に当たって大泣きしたこと。遠近感とれんし、コップには注げないし、階段降りれん、絶望の連続。寝るときはもちろんうつ伏せ、ストレスからか抜け毛があって、床に落ちた髪の毛を数えていたこと。
毎晩無意識に上を向いて寝てて、毎回看護師さんにうつ伏せになるように注意されたな。
そんな中嬉しかったのが、家庭科の先生から送られてきた鏡。「これで外見なさい」ってメッセージが入ってて、凄い発想だと感動したのを憶えている。
そして本を読みあさる。でも遠近感ないから頭がすぐ痛くなるし、肩ががちがちに凝ってくる。
そのころは携帯ないから、夜病院の真っ暗な公衆電話から親に泣きながら電話をしてたな。
お見舞いは本当に嬉しかった。
でも親には当たり散らすし、ただのクソ野郎。
そんな中だんだんと持ち前のポジティブさを取り戻していく。
きっかけは色んな人から本をいただいたこと、疲れるけど読みあさる日々。友達が送ってきたエロ本はいらんかったわー。あと色紙に下ネタかくやつもないわー。
その時に感じたこと。
よくある左目があるじゃないかとか。少しでも人の痛みがわかるんじゃないかとか。心の目で人を見ようとか。ハンデがあるということは、必ずそのリターンがあるはず。
今の人格を形成する一つの出来事であることに変わりないとふと思う。
時々、眼科を受診して治せないかな~て悪あがきしたり。
記憶って面白い。
日本がイランに負けたから思い出してしまった。チクショー。
1000文字ってなかなか大変だ。